寝台の文明
正確な年代のわかっている2つの出来事・・・
メロヴィング王朝(フランク族サリ支族の一部族長の名、メローヴィスに由来する)の時代は、歴史学者から誤って糾弾された「野蛮な夜」ではなく、後の中世を準備する過渡期でした。
文明人と野蛮人との矛盾を誇張し過ぎてはならないとしても、両者の融合は、実際非常に独創的な文明を創りあげました。
最も重要な刷新の中でも、〈フランク人の王〉が誕生したことにより、様々な封土やいく人もの宰相を超えて、統一性が存在することが確証されます。
多少遊牧民的であった王は、召使や大廷臣のいる宮殿に住まい、彼らとともに移動します。
食卓の差配をしている陪膳や、地下の酒蔵をとりしきる酒司といった役職のなかで、わたしたちがとどめているのは執事だけです。
執事は侍従(フランク語ではカメリング)の補佐を受け、最初は、王の寝室の面倒を見るたんなる召使でした。
君主の間近で暮らしていたため、この廷臣の職は次第に重要性を帯び、寝台の職務を他に譲犠記録や、王の財務に従事するようになりました。
その結果執事という職務は、最も著名な家系の者たちから引っ張りだことなります。
まだ羽根 布団 通販のなかった13世紀以降はこの役職は名誉職となっています。