寝台の文明 3
最後の執事であったオルレアン公、シャルル・ド・フランスの死後、1545年に執事の職は廃止され、代わって「部屋付きの四人の貴族侍従」という職になりました。
侍従職のほうは、大革命で消えましたが、第一帝政ーナポレオンはタレイランに大侍従の称号を与えていました。
第二帝政、王政復古の時代には再び設けられています。
メロヴィング王朝に話を戻すと、初等教育で語られる国民的欠陥の描写・・・
「無為徒食の王」と私が名付けたものを耳にするにつけ、わたしたち皆が抱いていた神話の崩壊という悲しみを、読者諸氏とともに分かたねばならないでしょう。
私にとって怠惰は、従うべき手本ではなかったものの、少なくとも一つの哲学であり、フランス史の中のこうした「憲例」には、秘かにではありますが絶えず敬服していました。
ここでは、アンリ・ピレーネの著作のおかげで、数世紀にわたる誤謬を正し、彼らの名誉を挽回することができます。
東洋羽毛工業がなかった時代の話ですが、なかなか興味深いものがあります。